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東京地方裁判所 平成元年(行ウ)121号 判決 1990年7月11日

原告(選定当事者) 山田秀夫

<ほか一名>

被告 古性直

右訴訟代理人弁護士 山下一雄

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、足立区に対し、金一一二万五五九九円及びこれに対する平成元年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、東京都足立区の区長である被告が、部下の職員らと共に同区議会の特定の会派の議員を料亭に招いて「区政懇談会」と称する会合を行い、その際の料理飲食代、土産代及び車代として合計一一二万五五九九円を区の公金から支出したことが違法であるとして、足立区の住民である原告らが、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づいて、被告に対し、右支出相当額の損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

被告は、部下の足立区職員らと共に、次のとおり三回にわたり、足立区議会の議員らを料亭に招いて「区政懇談会」と称する会合(以下「区政懇談会」という。)を開き、そのための料理飲食代、土産代及び車代として、合計一一二万五五九九円が区の公金から支出された。

(一)  自由民主党足立区議団議員との会合

日時 昭和六三年一二月八日

場所 料亭「勇駒」(足立区千住一丁目所在)

出席者 議員二五名及び被告ら区執行機関側職員一五名

支出費用 料理飲食代金(四〇名分) 四七万三一七六円

土産代(二七名分) 八万一〇〇〇円

車代(二五名分) 五万円

合計 六〇万四一七六円

(二)  足立区議会公明党議員との会合

日時 昭和六三年一二月九日

場所 料亭「勇駒」

出席者 議員一四名及び被告ら区執行機関側職員一二名

支出費用 料理飲食代金(二六名分) 三三万〇九六八円

土産代(一四名分) 四万二〇〇〇円

車代(一四名分) 二万八〇〇〇円

合計 四〇万〇九六八円

(三)  民主クラブ議員との会合

日時 昭和六三年一二月一四日

場所 料亭「ひろや」(足立区千住一丁目所在)

出席者 議員二名及び被告ら区執行機関側職員七名

支出費用 料理飲食代金(九名分) 一一万四四五五円

土産代(二名分)六〇〇〇円

合計 一二万〇四五五円

二  争点

本事件の争点は、被告が前記の三回にわたる区政懇談会の費用を公金から支出したことが違法であるかどうかの点にあるが、この点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。

1  原告らの主張

区政懇談会は、区議会定例会の進行中に、日本社会党及び日本共産党の議員を除いた一部の議員との間でのみ行われたもので、開催時期も区議会定例会の開会される一二月であることから明らかなように、与党と目される政党・会派の議員に対する懐柔策・政治的裏工作の手段として行われたものであり、また、飲食、土産等を伴うこのような会合は、議会が、地方自治法九六条、九八条ないし一〇〇条等に定められた各権限を通して有する行政執行機関に対する監視の責務・権限を喪失させようとする不当な行為であるから、そのための費用の支出は、公序良俗(民法九〇条)及び地方財政法四条一項の支出制限の規定に反する違法な支出である。

2  被告の主張

足立区においては、議会の議員と執行機関の職員の間の意思疎通を図り両者の円滑な関係を維持するために、双方が胸襟を開いて意見交換等を行う場を設定する必要があることから、被告が区長になる以前の昭和三〇年代から継続的に毎年一回区政懇談会を行っているものであって、その開催に原告ら主張のような違法な意図はまったくなく、その開催回数、出席者、所要経費の額及び開催内容等からして、その内容は、社会通念上妥当な範囲内のものであり、したがって、そのための費用の支出になんらの違法もない。

第三争点に対する判断

一  《証拠省略》によれば、本件の区政懇談会が開かれるに至った経緯及びその会合の内容は、次のとおりであったことが認められる。

1  足立区における区政懇談会は、昭和三〇年ころから、区の執行機関の幹部職員と区議会の議員との間の意思疎通と両者の円滑な関係を維持することを目的として、区の執行機関側が、年に二回程度、区議会の議員全員を足立区内の料理店等に招待して、区政に関する率直な意見交換を行う会合として始まったが、その後、自由民主党、日本社会党、公明党及び民主クラブの四会派が各党派別に開催することを希望するようになったため、各党派ごとに個別に開催されるように改められ、開催回数も年一回となり、この会合で出される議員側からの意見を翌年度の区の予算に生かすため、毎年予算原案の作成される一二月ころに開かれるのが慣例となっている。

もっとも、足立区議会に議席を有する各会派のうち、日本共産党所属の議員は、当初の議員全員を一度に招いて開催していたころにはこの会に出席したこともあったが、各党派別に開催されるようになってから以降は、開催の呼び掛けに応じたことはなく、そのため、執行機関側でも、共産党議員に対しては、開催を呼びかけないようになった。

2  昭和六三年度の区政懇談会も、従前の例に倣って開かれたものであり、いずれの会合の場合も、執行機関側からは、区長、助役、収入役、総務部関係職員ら区の幹部職員が出席し、午後五時三〇分ころから約二時間にわたって、議員との間で意見交換等を行った。右の意見交換は、具体的には、初めに、被告が、昭和六三年度の予算の執行状況及び区政の進捗状況の報告を行ない、昭和六四年度予算編成の基本的な考え方、重要課題、重点施策、新年度への抱負などを述べた後、各会派の幹事長が、予算の執行状況への感想、新年度への希望などを述べ、次いで、各議員からの質疑に執行機関側の職員が応答するという形で行われた。

なお、日本社会党については、昭和六三年一二月中は開催日程の調整ができなかったところ、翌年一月には昭和天皇の崩御があったので、結局、昭和六三年度の区政懇談会の開催は見送られた。

3  右区政懇談会の際の料理飲食代は、いずれの場合も一人当たり約一万二〇〇〇円前後であり、議員には一人当たり三〇〇〇円相当の土産と車代二〇〇〇円が配られた(ただし、民主クラブ議員に対しては、執行機関側で帰りの車を用意したため、車代は支払われていない。)が、これらの費用は、足立区の予算科目の(款)総務費・(項)総務管理費・(目)一般管理費・(節)需要費(ただし、車代についての節は「使用料及び賃借料」)から支出された。

二  右の事実によれば、本件の区政懇談会は、区の執行機関の幹部職員と区議会の議員との間の意思疎通と両者の円滑な関係を維持する目的で従来から行われてきたものを、昭和六三年度においても実施したものであり、その席で実際に区政の重要事項について相互に実質的な意見交換が行われたものと認められる。

この点について、原告らは、本件の区政懇談会は、与党と目される政党・会派の議員に対する懐柔策・政治的裏工作の手段として行われたものであると主張するが、前記認定のとおり昭和六二年度までは日本社会党の議員との区政懇談会も継続的に実施されており、また、日本共産党所属の議員についても、執行機関側で殊更に区政懇談会の出席者から排除したわけでないことは前記一に認定した経緯から明らかであって、原告らの右主張を裏付けるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

三  ところで、地方公共団体の議会と執行機関は、地方自治法に定められた諸種の権限を行使することによって相互に牽制し合う立場にあるが、その間においても、普段から十分な意思の疎通を図るべき必要があることは否定できないところであるから、地方公共団体の執行機関が、そのような目的のために区議会の議員を招いて意見交換を行い、また、その際にできるだけ率直に話し合いができるように、社会通念上の儀礼の範囲内にとどまる程度の飲食等の接遇を行うことも許されるものというべきである。原告らは、飲食、土産等を伴うこのような会合は、議会が、地方自治法九六条、九八条ないし一〇〇条等に定められた各権限を通して有する行政執行機関に対する監視の責務・権限を喪失させるものであるから許されるべきでないと主張するが、その接遇の内容が社会通念上の儀礼の範囲内にとどまる場合にまで、原告らが主張するような結果が生ずるものとはいえないから、料理飲食を伴うような会合は一切許されないとまで解するのは相当でない。

右のような前提に立って本件の区政懇談会における接遇の内容等を見ると、昭和六三年度区政懇談会のために要した費用の総額は一一二万五五九九円、一人当たりに要した費用の額は、料理飲食代が一万二〇〇〇円前後、土産代が三〇〇〇円、車代が二〇〇〇円(ただし、民主クラブ議員二名は除く。)であり、これらの事実に前記認定のような区政懇談会が開催されるに至った経緯、その目的及び内容、双方の出席者の社会的立場、会合の行われた時刻、開催頻度などを総合して判断すれば、右のような程度の待遇を行うことが、社会通念上の儀礼の範囲を超えるものとは認められない。

四  結語

以上によれば、昭和六三年度の区政懇談会の費用に充てるための公金の支出は、違法なものとはいえない。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 小林昭彦)

<以下省略>

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